2004年11月18日木曜日

What Little I Observed(私のささやかな感想)



Dear Y-kun,

 先日ご連絡いただいた M 氏の訳本の一冊の和訳題名「何と少ししか覚えていないことだろう」が、ちょっと気になっていました。原題は What little I remember (注)です。和訳題名のような意味であるためには、原題は How little I remember! となっているはずです。しかし、私が従来思い込んでいた意味が間違いということもあろうかと、いま Longman Dictionary of Contemporary English の "little" の項を念のため引いてみました。そこには、
what little the small amount that there is, that is possible etc: We did what little we could to help. | The firemen recovered what little remained of the bodies.
とあります。"little" はふつう「ほとんどない」の意味になりますが、what little という成句のときは、「わずかながらある」のです。"What" は先行詞を兼ねた関係代名詞であり、"little" はそれを後ろから修飾している形容詞です。したがって、原題は、私がいままで思っていた通り、謙遜も込めて「私のささやかな思い出」を意味していると考えられます。

 M 氏訳は、これとくらべて、意味上の大差はありませんが、厳密に言えば誤訳です。英語をよく知っている人がこの題名を見れば、原題名を推定し、これが誤訳であることにすぐ気づき、中身の翻訳の正確さを疑うことにもなりかねません。M 氏に "What little I observed(私のささやかな感想)" としてお伝えいただければ幸いです。すでに出版されているので、訂正はできないでしょうが。なお、この本は、物理学者の自伝中では私の最も好きなものの 1 冊なので、日本語訳が出たことを、大いに歓迎している旨も、合わせてお伝え下さい。

 先日、京都の高雄山と嵐山へ紅葉見物に行きました。その時の写真(高雄山神護寺)を 1 枚添付しますので、ご笑覧下さい。

Best wishes,
Ted

 P.S. 私はファインマンに関する随筆をホームページに掲載していますが、その一つの英語版の題名を "What little I can talk about Feynman" としています(日本語版は「ファインマンさんと私の無関係な関係」)。これは、もちろん、What little I remember をもとにしたものです。(T)

 注:Otto R. Frish, What Little I remember (Cambridge University Press, 1979).
 オットー・フリッシュ(1904–1979)はオーストリア生まれの物理学者。1939 年、伯母のリーゼ・マイトナーとともに、核分裂の発見に関わり、のちに英国で研究を続けた。


効き過ぎたインパクト

 上記のメールで、Y 君から M 氏へ私の考えを伝えてもらうことを頼んだが、それに対して M 氏から Y 君当てに送られた返信のコピーが、直接私へも届いた。そこで、M 氏宛に次のメールを送った。

M 様

 Y 君へのメールのコピーをお送りいただき、ありがとうございました。

 「私の覚えている少しのこと」では題名としてインパクトがないので、「何と少ししか…」にされたとのこと、たしかにインパクトのある題名でした。ありすぎて、失礼を申し上げる結果となりました。 翻訳書の題名は正確な訳でなくてよいでしょうが、誤訳とまぎらわしいのは避けていただいた方がよいかと存じます。

 Y 君は、私がご翻訳二書の原書をどちらも読んだようにお知らせしていましたが、パイエルスの方は買ってあるだけで、まだ読んでおりません。英語の好きな私でも、原書を読むのは、和書を読むのに比べればスピードがずっと遅く、理解も不十分なところがあったりします。翻訳のご苦労は並大抵ではないとお察しし、二つの良書のご翻訳を出されたことに敬意を表します。

Ted

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