2004年11月27日土曜日

鏡の世界

 M☆さんのブログ[1]に執筆者本人が鏡に向かって撮った写真があり、詩のような文の中に「左右対称の私」ということばがあった。これを見て、私は近年自分が取り組んできたことにふれなければならないという気になった。

 「鏡はなぜ左右を逆にし、上下を逆にしないか」という謎が、古くはプラトンによって論じられ、最近にいたるまでも、哲学や心理学の専門誌において議論されてきた。1997年に心理学者、高野陽太郎氏(東大)が、アメリカの心理学専門誌に翌年印刷されることになった論文に記したものと同じ説明を、一般読者向けの本[2]にして出版した。私は以前、ノーベル賞物理学者、朝永さんの随筆集[3]で、この鏡の謎を知って以来、これに興味を持ち続けていたので、さっそく高野氏の本を買って読んだ。しかし、氏の説明は、とてもややこしいもので、納得できなかった。

 私は高野氏から論文の別刷りや、それが掲載された専門誌の投稿規定を送ってもらった。そして、元同僚の一人を共著者に引っぱり込んで、勤務時間後にビールを飲みながら議論し、高野論文への反論を書き上げて投稿した。ニュージーランドの心理学者マイケル・コーバリスが、同様の趣旨の反論を少し先に投稿していたので、本来ならば、私たちの投稿はボツになるところだった。幸い、物理学を専門とする私たちの、心理学者から見れば一風変わった書きぶりを、編集者が気に入ってくれたようで、私たちの原稿は、コーバリスのものと並んで、めでたく掲載された。

 しかし、肝心の高野氏は、鏡の謎に対するコーバリスや私たちの答えに納得しない。昨年6月、日本認知心理学会大会で、「鏡像反転の問題」をテーマに、シンポジウムが開催され、私も聞きに行った。シンポジウムを高野氏とともに企画した吉村浩一氏(法政大)の解説に続いて、高野氏がその後の研究について講演した。その講演で、吉村氏と私は、高野氏が実際には、「鏡像が左右を逆にしていない」と認知する場合も含めた、鏡の謎よりも広い問題を扱っていることに気づいたのだった。

 そこで、吉村氏は拡張された鏡像問題をすっきりと説明する一つの仮説を考え、これを著書[4]にまとめた。私はその巻末に、補足と解説のような文[5]を書かせてもらった。――以上が、私と鏡の世界とのかかわりの、現時点で公表できる部分である。鏡の謎に対する答えは、この文の読者の方がご自分で思いつかれたら、コメントに記してみて下さい。また、私たちの答えを知りたい方は、[5]をご覧下さい。――

 ところで、鏡の謎でいう左右逆転が起こるには、鏡にうつされる物体は左右非対称でなければならない。したがって、最初に引用した、M☆さんの左右対称な顔は、鏡の謎の対象にならない。M☆さんは対掌体へ反転することなく、現実世界と鏡の世界を往復できる、まれな存在である。

 なお、M☆さんから、「ちょっと高価だけれど、最近ではそのままの自分を映す鏡も売っている」と教えてもらった。そのような鏡として、原理的には、直角合わせ鏡[4, 6](三面鏡のうちの2面を使って実験できる)や曲面鏡[6]が知られているが、これらでは奥行きの深いものになって不便である。ホログラフィの技術でも応用して薄型にしたのであろうか。

文 献

  1. M☆「素顔の自分・・・」ブログ(2004)

    鏡に向かって写真を撮ってみる
    左右対称の私
    これも私

  2. 高野陽太郎『鏡の中のミステリー』(岩波、東京、1997)

  3. 朝永振一郎『鏡のなかの世界』(みすず書房、1965)

  4. 吉村浩一『鏡の中の左利き』(ナカニシヤ、2004)

  5. 「一物理屋のコメント」([4]から転載)

  6. マルチン・ガードナー『新版 自然界における左と右』(紀伊国屋、1992)

 
[最初の掲載サイトでのコメント欄の記載を以下に転載する。]

Y 11/27/2004 09:43
 やっぱり今日はこの話題で、こられましたか。鏡の謎については、私には解明する能力がないと始めから気づいていて、プラトンがこれを最初に問題にしたというのも不思議なくらいで、
 たとえばですね。鏡で左右が逆になるのは、やっぱり不便だ。それで、よく考えてみると、自分は生涯、この左右反転した自分しか、「動く自分」としては見られないことになる。…いや、写真じゃそうならないし、今はビデオだとかあるじゃないか。安心した。生涯、自分が見られないのかと思った。——という感想になるわけです。上下が逆転しないのは、もちろん重力問題とか関係してないのだろうと思いますし、もう絶対に、心理学や哲学の領域で解明できることではないと思うんですけどね。
 私は「不思議だ、と思う」精神をあまり持っていないのだ、と今気づきました。科学者にてんで向いてないですね。むしろ不思議なものをそのままに受け取ってしまう感性や対応力はあるんだと思います。「これが不思議でわからなくて」で本を読んだことがないものなあ。その分、「解明してくれた」科学にも、その時点(時代)における当面の価値・絶対性以上の権威を感じていないのですね。精神科・精神医学領域では、とっくに(自然)科学が猛威をふるっている昨今ですので、もちろんそれは治療にとっては、よい道なのですが…これも書くと長くなりますね。
 それで、私が研究したり本を読むときがあるとすると、ただ「面白い」という動機、それと「生きることと全く同じだと考えている」意識がありますね。そこではほとんど「生きることへの答え」も見つけません。生きることや人生は、結果論でなく、答えもみつけなくてよいと思っているからです。

T 11/27/2004 10:27
 『ただ「面白い」という動機』、それは科学をする動機とも同じです。
 上下が逆転しないのは、外見によって優先的に上下を決めているという、単純な理由によります。人の身体で上は頭、下は足。顔だけならば、頭頂部が上、あごが下と。しかし、左右は…。鏡の謎の答えを自分で考えてみようと思う方のため、ここでやめておきます。

J 11/27/2004 10:57
 わたしは、目が横(水平方向)に並んでいるからだと単純に考えてました。
 立位で、鏡に自分の姿を写しているAさん。左右が逆になって写ります。床に横になって、左手側を地面に付けているBさん。
・現実の自分は左手を地面に付けてますが、鏡の中の自分は右手を地面に付けています。
・Bさんが、Aさん及び鏡の中のAさんを見ると(Bさんにとっての)上下が反転して見えます。Bさん座標での上下は、Aさん座標の水平のことです。
 要するに、鏡は被写体の各部分を平行移動して鏡の表面に、写し取っているだけで、後はその鏡像を認識する側の問題ということです。
 でも…、プラトン以来、論じられていると言うことなので、こんなに簡単ではないのでしょう。
 上に書いた私の話は、見ている人が変れば上下反転になっているということに過ぎないですね…(恥)。でも、目が鉛直方向に並んでいる生物ならば、上下反転と認識するのでしょうね。目が5つもあったといわれているオパビニアなどは、鏡をどんな風に認識するのでしょう。

Ted 11/27/2004 14:24
 片目で見ても左右逆転していることから、「目が横(水平方向)に並んでいる」説は成り立たないのでは?

J 11/27/2004 17:48
 そうですね (^^; われながら、安直でした。でも、考えてみたら、何が問題点なのか、わからなくなってしまいました(爆

S 11/27/2004 11:29
 鏡の写り方については、次のURLを見つけました。
http://www.page.sannet.ne.jp/matukawa/sayuuzenngo.htm
水面を鏡に見立てた場合、上下が逆になりますね。逆さ富士がよい例です。上記から引用しました。で、鏡の働きは、実は、鏡面に垂直に立てた軸(前後軸と名付ける)を逆転させているだけのようです。

Ted 11/27/2004 15:12
 書いて下さった例や、ご説明は事実です。しかし、鏡の謎が問うている、左右が逆転して上下が逆転しないのも事実なのです。たとえば、あなたが右手を上げてその姿を鏡にうつすと、あなたの鏡像は、それを一個の人間のようにみなすならば、左手を上げた姿をしています。これは、鏡があなたの前、横、上、下、どこにあろうと、いえることです。これをどう説明するか、が問われているのです。
 教えていただいたURLのページを見ましたが、左右の概念が上下や前後の概念とは異なる、という意味のことを述べているだけで、異なる根本原因への言及が不足していると思いました。

J 11/27/2004 18:01:13
 わたしも見ました。観察者の概念で決まることのようですね。もうちょっと考えてみます。

T 11/27/2004 20:34
 Jさん、観察者がどういう座標系を選ぶかは、鏡像の左右逆転を認知するかどうかに関わりますが、ある座標系を選べば、上下、前後、左右の3軸うち、逆転したのは性質のやや異なる左右軸方向であると必ずみなされてしまうのです。
 問題は、そのような座標系とはどういうものであるか、そして、上下、前後の2軸と左右軸の性質はどう異なるのか、また、実物と鏡の位置関係に依存しないで左右が逆になることをどう説明するか、ということです。
 ヒントを与えたつもりが、かえって問題を難しくしましたか。

M☆ 11/28/2004 22:50
 読みに来ました~、コメントの「外見によって優先的に上下を決めているという、単純な理由によります」という一文を読んでまた「なるほど!」と…。
 いつも新しい方向から様々な考え方ができることに、少なからず驚きと喜びを感じます(^_^)。とても興味深く拝見させていただきました。
 機会をみつけて、この問題について、私なりにまた違った角度から色々と掘り下げて考えてみたいと思いました♪

Ted 11/29/2004 08:20
 M☆, you have a good character to feel surprise and pleasure in learning different methods of thinking. One of your children might become a scientist.

M☆ 11/29/2004 09:36
 I hope so!(^__^);;; そうだったらいいのになァ~(´▽`)/♪ 仮定法が苦手だった私…英語で書けず(滅)I wish one of them was 〇×▽※?!

T 11/29/2004 15:17
 I wish that your hope may come true.

M☆ 11/30/2004 09:40
 Thank you!
 It's cloudy and cold today. Xmas will come soon. It makes me feel so happy. I love beautiful illumination!

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