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M・Y 君から "Ted's Coffeehouse 2" 2012 年 9 月分への感想を 2012 年 10 月 16 日付けで貰った。同君の了承を得て、ここに紹介する。
1.『母の遺産―新聞小説』
筆者は水村のデビュー作『続明暗』以下、『私小説 from left to right』、『本格小説』、さらにその後出版された諸作品を愛読し、折にふれてブログに書評を掲載してきました(注)。本文に引用されている新聞記事 [3] と書評 [5] は、筆者の書評を補足するものであり、これらを併せ読むことをおすすめします。この書評は、水村作品全体を読み通した一読者としての、筆者の見解や感想が散りばめられており、作品を通して水村をよく知った筆者ならではの広い視点でまとめられた興味深いものです。また水村が、色々の実験として作品を創作してきたことが書かれ、新しい試みに大いに期待していると結ばれています。以下に筆者の書評の要点をまとめます。
水村美苗著『母の遺産―新聞小説』を、最近毎日の読書時間の減っている私ではあるが、短時日で興味深く読了した。冒頭の章で母の遺産について電話で話し合う姉妹・奈津紀と美津紀は、水村の以前の作品『私小説 from left to right』に登場した姉妹のその後を思わせる。美津紀は一人称で描かれていてもよいほど、作者の経験と思いが込められた主人公である。読後に知った新聞記事 [3] によれば、水村自身この作品について、「[主人公は]12 歳でアメリカに渡らずに、千歳船橋[東京]の家に住み続けた、もう一人の自分(笑)。私のパラレルワールドですね」と語っている。主人公の母と祖母についても詳しく描かれていて、彼女たちは、水村美苗の母・水村節子による自伝的小説『高台にある家』の母とその娘に酷似しているようである。ある書評 [5] は、新聞小説のことを「著者が周到に埋め込んでいる重要な登場者」とまで書いている。
この作品には、介護、終末医療、夫婦の気持の行き違いなど、多くの人びとが現在直面しているか将来抱えるかするであろう深刻な問題が扱われている。他方では、主人公夫婦のなれそめのロマンチックな場面や、美津紀を含めて誰が自殺してもおかしくない長逗留客たちが偶然集まった湖畔のホテルでの日々のミステリー的な挿話もあり、読者の興味を硬軟両面から引きつけ続けて止まない。
文豪・漱石の未完の作品の続編、私小説、本格小説と、いろいろな実験を重ねて、つねに著名な賞を得るほどに成功して来た作者によるこの「新聞小説」も、憎らしいほど優れた出来栄えである。なお、上記の新聞記事には水村が、「次は、どうすれば翻訳によって失われるものが少ないかを理論的に考えた "翻訳可能小説" を書いてみたい。でも最終的には、構造も何もないものを、と[思っている]。やっぱり、そこに日本の小説のいい部分がありますから」と、新しい実験についてほのめかしている。次の作品は『翻訳可能小説』か、はたまた『無構造小説』か。いずれにしても、また大いに期待される。
注
- 水村美苗『本格小説 上』,『同 下』, IDEA & ISAAC ウェブサイト, 書評欄 (2002年10月27日).
- 水村美苗の期待, Ted's Coffeehouse (2007年8月3日) (目下リンク切れ).
- 『日本語で読むということ』『日本語で書くということ』(1) (2009年5月20日); (2) (2009年5月21日).
2.「尖閣」列島問題
概要が日本語で本文が英文なので、英文に詳しく書かれている、研究交流を長年続けて来た北京在住の C 夫人との文通の一部を紹介し、全体のコメントを記します。北京の 60 年来の大雨見舞いのメールへの返事の追伸に、「尖閣諸島は中国の領土であり何人も侵入することは許されない」とあり、これに対し筆者が返したコメントに念を押すかたちで、C 夫人は中国の新聞記事を添え、「釣魚諸島は明帝国時代に中国により発見、命名、使用され、中国の領土に編成された。日清戦争の終わりに、日本は不法手段で占拠した。しかしながら、第二次世界大戦のカイロやポツダム宣言に従い、これらの島は法的に中国に返還された。日本の尖閣諸島に対する行為は、反ファシスト戦争の勝利を否定するものであり、戦後の国際秩序への重大な挑戦である」と、9月12日付けで書き寄せています。この見解は、楊中国外相が 9 月 27 日に行った国連総会演説の内容と同じ認識に基づくものであり、国民が一枚岩のように結束していることが分ります。
16 日から始まった反日デモの前に、一市民から得られた情報として貴重なものでした。あのように暴徒化したデモも、すぐには収束させることが出来なかったことにも合点が行きました。これに対して、日本政府は、「尖閣諸島はわが国固有のものであり、領土権の問題は存在しない」([1] が参考になる)と一貫して通し、第三国に尖閣諸島問題を積極的に説明してきませんでしたが、中国の攻勢に対抗するために、尖閣の正当性を積極発信するよう方針を転換しました。これだけの読みでは、最近行われた日中の外務次官級協議は平行線のままだったのが現状です。反日デモが起こる前に、中国の一知識人と意見を交し、調査を加え両国間の係争問題を解決する方法について考察した、筆者のこの英文意見書の発信は、時宜を得た立派な行為だと思いました。
[1] 中西輝政, 尖閣問題丹羽大使の妄言を糾す, 文芸春秋 (2012年8月号).
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