2012年10月6日土曜日

芭蕉の「古池や」の蛙の数 (The Number of Frogs in Bashō's Haiku Poem "Furuike Ya")


[Abstract] The haiku poet Toshinori Tsubouchi writes an essay entitled "Bashō after 400 years" in Tosho No. 764, p. 13 (2012) (In Japanese). In this essay, he suggests that Bashō's famous haiku "Furuike ya" might better be interpreted to have depicted a plural number of frogs instead of a single one in the standard understanding based on Bashō's ideal world of wabi and sabi. Here, his reasoning behind this interpretation is introduced, and some English translations of that haiku poem are quoted. A reminiscence in my senior high school days about a transliteration of the haiku poem is also described. (Main text is given in Japanese only.)

 皆さんは芭蕉の句「古池や蛙(かわず)飛び込む水の音」(1686 年頃の作)の蛙は何匹だと想像するだろうか。

 一つ前のブログ記事で紹介した『図書』誌10月号の筒井泉氏のエッセイに続いて、俳人・坪内稔典氏の文「四百年後の芭蕉」[1] がある。氏は、「芭蕉の句のカエルは一匹、句が言わんとするのはわび・さびの世界」という定説が「そろそろ破られてもいいのではないか」として、文頭に次の意訳を掲げている。

 あっ、古池! ほう、蛙がさかんに飛び込む水音がするなあ(ここにも春が来ている!)

 高浜虚子は 1955 年に『朝日新聞』紙上で、古池の句が春の「天地躍動の様」[2]、「陽春の句」「活動の世界を描いた」[3] ものと述べたという。しかし、わび・さびの世界を理想とした作者・芭蕉に即して俳句を読む読み方が一般化しているせいで、虚子の読み方が広がらないのだろう、と坪内氏は推定する。

 坪内氏は次いで以下のことを述べている。俳文学者・復本一郎は、その著書 [4] 中に幾人かの蛙複数説を紹介している。その中には、ラフカディオ・ハーンの frogs とした英訳や、江戸時代の俳人・里紅の「古池へどぶりどぶりと蛙の飛び込むさま」という説明がある。他方、復本自身は、残存する芭蕉の自画賛(自分の句に自分の絵を添えたもの)二点に一匹の蛙が描かれていることを理由として、蛙は一匹と説いている。

 復本説に対して、坪内氏は作者に寄り添いすぎた見方と批判し、「作者に寄り添わないことが俳句の文学性」と主張する。また、古池の句ができた直後頃に、芭蕉の仲間たちが「蛙合(かわずあわせ)」という俳句の二十番勝負をしており(一番勝負は古池の句と仙化の「いたいけに蝦つくばふ浮葉哉(かな)」で、引き分け)、そこに現れる蛙の様子自体が蛙合、すなわち蛙パーティーであり、古池の句にも蛙パーティーを楽しむ気分があるのではないか、と述べる。そして、「そのように読む時、芭蕉が新しく蘇るだろう」と締めくくっている。

 ハーンの英訳がどういうものか知りたいと思ってウェブ検索をしたところ、いくつかの有名な俳句の英訳を集めたサイトがあった [5]。古池の句に対するものを、以下に引用しておく。いろいろな訳し方があるのが興味深い。定説の影響によるのか、frog を複数形にしている訳はハーンのもの以外にはない。

Masaoka Shiki: The old mere! A frog jumping in. The sound of water.
Nitobe Inazō: An old pond. A frog jumps in. A splash of water.
Daisetz Teitaro Suzuki: The old pond, ah! A frog jumps in: The water's sound.
Lafcadio Hearn: Old pond. Frogs jumped in. Sound of water.
Basil Hall Chamberlain: The old pond, Aye! and the sound of a frog leaping into the water.
Donald Keene: The ancient pond. A frog leaps in. The sound of the water.
Reginald Horace Blyth: The old pond. A frog jumps in. Plop!


 余談になるが、私が高校1 年生のとき、ある友人が "Fully care car was to become me zoo note." と書いた紙切れを私に見せて、何のことか分かるかと聞いた。私が古池の句のあやしげな音訳と分かったのだったかどうかは忘れた。少しあとで、同じクイズを別の高校へ行っていた親友の M 君に私から出題しようと思って、紙片に "Fully care car was to become" までを書いたが、あとがすっとは出て来ない。それもそのはず、そのとき私の頭の中では、古池の句の最後の五モーラが「池の音」に化けていたのである。そこで、辞書で見つけた単語を交えて、 "eek way note" というのをくっつけた。

 そしてそれを、ある友だちから聞かれた問題だがといって M 君に出題すると、「Eek とは何のことだい?」と聞かれた。自分の改作のところを尋ねられてひやりとしたが、辞書で覚えたばかりの「(俗語で)顔」という意味を、平然さをよそおって答えたかと思う。そこで、彼が古池の句の音訳と当てたのか、彼が降参して私が答えをいったのかは、これも忘れたが、次に、M 君は最後の「水の音」のところが変だと指摘した。私はそのときようやく自分の思い違いに気づき、もとの出題の変な改作と合わせて、大いに恥じ入ったのだった。

文 献

  1. 坪内稔典, 四百年後の芭蕉, 『図書』No. 764, p. 13 (2012).
  2. 高浜虚子, 『虚子俳話』(新潮社, 1963) の中; 初出『朝日新聞』(1955年6月5日).
  3. 高浜虚子, 『朝日新聞』(1955年6月19日).
  4. 復本一郎, 『芭蕉古池伝説』(大修館, 1988).
  5. 俳句を英語にすると, ちょんまげ英語塾.

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