2012年5月5日土曜日

故物理学者・外村氏と私のささやかな関係 (Small Relationship between the Late Physicist Tonomura and Me)


[Read in English]

 さる5月2日、マスメディアは次のニュースを伝えた。

物理学者・外村氏 70歳で死去
ノーベル物理学賞の候補といわれた日立製作所フェローの外村彰(とのむら・あきら)氏が5月2日早朝、膵臓がんのため埼玉県内の病院で死去した。70歳。氏は、電子の波としての性質を使い、微細な物体を観察する電子線ホログラフィーを開発し、また、物理学者の間で長年論争されていた「アハラノフ・ボーム効果」を実証したことで知られる。(共同)

ヨーロッパ超伝導ニュース・フォーラムのウェブサイトも外村氏の訃報を掲載している。上記の記事に紹介されている以外に、外村氏とその共同研究者たちが発表した単一電子の量子干渉を示す電子顕微鏡実験は、ロバート・P・クリースの著書『世界でもっとも美しい10の科学実験』にも紹介され、有名である。その実験の動画は外村氏が1994年にロンドンの王立研究所で行なった講話で紹介されており、こちらでその講演ビデオを見ることが出来る。外村氏の死去によって氏のノーベル賞受賞の可能性が消えたことはまことに惜しい。

 私は外村氏と一度だけメールを交換したことがある[注 1]。氏の返信は、私が彼の和文の解説論文中の些細な間違いを指摘したメールを送信してから一時間半と経たないうちに送られて来て、彼の真摯な人柄をうかがわせた。突然メールを送った私がどういう人物か分かるように私のホームページのアドレスを付記しておいたところ、氏はホームページにも目を通して、それを褒めて下さったのには恐縮した(そのホームページの更新を、最近は怠っている)。氏との往復メールを以下に引用して、追悼の意を表したい。


From: Tatsuo Tabata
To: Akira Tonomura
Date: Thu, 6 Jan 2005 08:01
Subject:「量子力学:その基礎への日本の寄与」に一言
 前略
 日本物理学会誌 Vol. 60, No. 1, p. 3 に掲載の貴殿の論文を拝読し、教えられるところが多くありました。
 ただ、第1章第2パラグラフ8行目の「究極理論を作り上げたノーベル賞の S. ワインバーグ」という表現が気になりました。ワインバーグは「究極理論」という言葉が題名に入った本 "Dreams of a Final Theory" (1992; paperback 1994) を著してはいます。しかし、その書名全体が示す通り、そのような理論は、まだ物理学者にとって夢なのです。ワインバーグと A. サラムによって独立に成し遂げられ、 S. グラショーによって拡張されたのは、電磁相互作用と弱相互作用の統一であり、「標準模型」と呼ばれているものの一部です。
 シリーズ「日本の物理学100年とこれから」は、「物理学の尽きない興味とその魅力を社会に語りかける」という企画ですから、細かい点でも正確に記述することがたいへん重要だと思います。次号に訂正を掲載されることをお奨めします。
 草々
 多幡達夫
 ホームページ http://www3.ocn.ne.jp/~tttabata/

From: Akira Tonomura
To: Tatsuo Tabata
Date: Thu, 6 Jan 2005 09:28
Subject: Re:「量子力学:その基礎への日本の寄与」に一言
多幡達夫 先生
 メール有難うございます。小生の寄稿文献へのご指摘有難うございました。確かに「究極理論を "作り上げた" ノーベル賞の S. ワインバーグ」という表現は正しくありません。この文章は、編集委員会からも高校生向けにも理解できるようにというご指導を得て、大分訂正しましたので、編集委員とも相談して対応したいと思います。
 先生のホームページを見せていただきました。科学をはじめ広い分野の最新情報が盛りこまれており、感服しました。益々のご活躍をお祈りします。
 ご指摘有難うございました。
 外村 彰

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  1. これについては、私のブログ記事「世界物理年」(2005年1月5日)中の「翌日の追記」にも簡単に記した。

2 件のコメント:

  1. 外村先生のことは、新聞記事に大きく載っていましたね。本当に悲しいですが、外村先生の功績が、次世代にも伝えられて欲しいものです。

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  2. Unknown さん、
     コメントをいただき、ありがとうございます。先に、「オランダ・ベルギー運河の船旅 3」にコメントを下さった Unkown さんと同じ方でしょうか。お名前あるいはニックネームを書いておいていただけると嬉しいです。
     外村氏の功績は立派なものですから、きっと長く伝えられることと思います。

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