2005年2月6日日曜日

自分という車の運転手

高校時代の交換日記から。

(Sam)

1952 年 2 月 6 日(水)雪

 上々のコンディションだ。昨日整えた用具を肩にかついで、八時五分に家を出る。九時半までに望湖台横に集合だ。市立図書館の手前で TKD 君に会った。頂上まで登るのはなかなかの運動だ。軽く汗をかいた。もうスキーをはいて滑っている連中がいる。出席をとってから、ずっと遠回りしてスキー場の下に降り(降りるまでに二回転んだ)、それから適当な高さまで登ってから、勇気をつけて滑降する。かなり下まで行って、どしゃんとしりもちをついた。ついたまま、数メートル滑った。回を重ねる毎に、だんだん早く転んでしまった。
 何回目かの時、予期しなかった箇所のバンドが切れて、再起不可能になった。しかし、どうにかバンドを求めて修理した。そうこうしているうちに昼になったので、スキーをはいたまま、立ち食いした。午後からはフリーになったので、スキーを持って来ないものは大半が帰ってしまった。ぼくたちは、もっと勾配のゆるい別の道路で滑った。登るときは、スキーをぬいで、肩にかついで行くのである。午後の方が存分に楽しめた。
 帰りに市立図書館に立ち寄って、国語の宿題のための本を借りて読む。


(Ted)

 獅子文六の『てんやわんや』を読む。自分という車の運転手は、車のエンジンに相当する自分自身の力、それも、くじけることを知らない意志を含んだ強い力を持たなければならないことを思う。
 アセンブリーは、ミレラが主人公である映画 [1] と同じ題名で、ドラマ風に行われた。何一つ感じ取ることが出来ない。ぼくが無感覚になって来たのか、ほんとうにわれわれに問題を一つも投げかけないつまらないものであったのか、どちらか分からないが、そのどちらであるかを考える必要もないと思う。
 放課後、TKN 君と KS 君が編集室へ入り込んで来て、大学入試のことについて議論をしていた。彼らは、感心出来るようなことはまったくいわなかったが、いかに真剣になって、口を忙しく動かしているかを見ているのは面白かった。TKN 君は最初、英語が難しいから、それで差がつくといい、KS 君はそれを否定した。ただし、これだけのことを彼らはじつに多くの例と、ことばじりをとらえるような反ばくとで、もっともらしくいい合ったのである。次いで、KS 君の「ある程度の勉強のあとは、試験の時の度胸」という考えと、TKN 君の「あくまで実力」という意見が戦わされた。この論争の引き合いに出されたのは、学校で 1 番だった生徒が入試に落ち、5 番だった生徒が合格したという実例だった。入試も学校での順位も、人間という複雑な存在の一つの物差しに過ぎないであろう。

 引用時の注
  1. 前週の土曜日に見た映画『明日では遅すぎる』のこと。
 
コメント(最初の掲載サイトから若干編集して転載)

Y 02/06/2005 11:56
 私は高校時代に気づいた時にはとっくに病気になっていたのだと思いますが、ずっと後年に至っても「あなたはエンジンが違うのだから」と母親にいつも言われましたね。それが病気に負けずに今まで生きてこられた自分の力のことかもしれませんね。くじけることを知らない意志の力も大事ですね。人生長いですから、これを保持さえできればと思います。私にも自信がないのですが。
 実例をあげて大学入試について議論しあうのは、なんだか滑稽ですよね。でも若い人だから親が薦めれば余計に夢中に真剣になるのでしょう。本当に人間はもっと複雑で、人生はどう転ぶかわかりませんものね。Ted さんは大事なことを早くに冷静に見抜かれる高校生だったんですね。

Ted 02/06/2005 14:53
 お母さんはそうおっしゃいましたか。実は「車のエンジンに相当する」という句は、引用に当たって、こっそり付け加えました。自分を車と見立てて、力について述べているということは、こういう句でつないだ方が分かりやすいだろうと思ったからです。最後の「人間という複雑な存在の一つの物差しに過ぎない」も、原文の「複雑な」だけを残して、分かりやすく言い換えました。

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