シュトルツェンフェルス城。
ラーネック城。
旅の9日目、11月25日のライン河古城渓谷クルーズ。マルクスブルク城に次いで、左岸にシュトルツェンフェルス城(Schloss Stolzenfels、上の1枚目の写真)、右岸にラーネック城(Burg Lahneck、上の2枚目の写真)が見える。シュトルツェンフェルス城は1259年に完成したが、9年戦争の間の1689年、フランス軍による破壊を受けた。現在の姿は19世紀前半に当時流行のネオゴシック様式で建て替えられたものである [1]。城の向かって右側の前面が緑色になっているのは、けばけばしいと思ったが、あとで城の部分を拡大した写真を見ると、それは修理工事のために掛けてあるネットの色で、いわば仮の姿だった。
ラーネック城はマインツ大司教エプシュタインのジーグフリート3世によって1226年に建てられ、30年戦争中の1632、1636年に大きな損壊を受けた。1774年ゲーテは、ここでライン河に注ぐラーン川沿いを旅し、この城の眺めに刺激され、"Geistesgruß (精神のあいさつ)" という詩を書いている [2]。
この辺りで外気がかなり冷えて来たので、屋上の甲板から降り、3階ラウンジの窓から眺めていた。そのせいで、ラーネック城を過ぎてから、同じ右岸にあったエーレンブライトシュタイン城塞 (Festung Ehrenbreitstein [3]) の写真は撮り損ねた。
ドイチェス・エックのヴィルヘルム1世乗馬像。
先端付近から見たドイチェス・エック。
夕闇のせまる午後4時過ぎ、船はドイチェス・エック(Deutches Eck、上の2枚の写真)にさしかかる。ここは、コブレンツ (Koblenz) においてモーゼル川 (die Mosel) とライン河が合流する岬である。ドイツ統一の象徴として、ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の乗馬像(最初は1897年に出来たが、第2次世界大戦で壊れ、1993年に再建された)のほか、ドイツとその16州の旗が立っている [4]。
ライン河古城渓谷の観光はここで終わり、船は17時30分、アンデルナッハに入港した。夕食後20時30分から3階ラウンジで、添乗員たちが各地で手に入れて来た品物を景品としたビンゴ大会が行なわれた。私たち夫婦も参加したが、景品は得られなかった。
文献
"Stolzenfels Castle," Wikipedia, the free encyclopedia (13 October 2009 at 08:54).
"Burg Lahneck," Wikipedia: Die freie Enzyklopädie (23. Oktober 2009 um 12:19 Uhr).
"Festung Ehrenbreitstein," Wikipedia: Die freie Enzyklopädie (18. Dezember 2009 um 09:34 Uhr).
"Deutsches Eck," Wikipedia, the free encyclopedia (30 December 2009 at 17:36).
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