キキョウ(紫)
写真は、わが家のプランターに咲いた紫のキキョウの花(金網塀の鉄枠の錆びているところが写っていて見苦しかったので、後日、2005年7月10日撮影のものと取り換えた)。
1対0のまま9回裏
高校時代の交換日記から
(Ted)
1952年9月27~29日(土~月)
JOCK のシンフォニック・ジャズ:半ば夢のうちに。
運動会:雨で後半はどろどろ。
新聞部活動:てんやわんや。
野球:1対0のまま、9回裏、2死走者なし。4番の上井、悠然とボックスへ入る。マウンド上の大根(おおね)、投げ下ろした右手の先とプレートを蹴った右足で、投球後にも彼独特の美しいフォームを見せながら、一球、二球と投球。カウント2–0。次の球、打った。たかーく上がった内野フライ、ショート取った! 試合終了! [1]
(Sam)
1952年9月27日(土)晴れ
"Pinocchio" を YM 君と一緒に観賞に行った。われわれがすでに知っている物語とは全然別の角度から、漫画映画の特長をよく利用して、興味深く描いてある。あるときは、その美しさに魅了され、あるときは、そのおかしさにほほ笑み、そして最後に、信仰的な敬虔さを感じた。
引用時の注
北信越高校野球大会石川県予選で、わが菫台高校が強豪・金沢桜丘高校に惜敗した場面と思われる(大根の投球フォームの描写から見て、これはラジオの実況放送の記録ではなく、試合を応援に行ってきた感想だろう)。菫台の上井一塁手と桜丘の大根投手は小学校時代からライバル同士で、大根はキツネ顔の美青年、上井は松井秀喜選手に似た豪快なタイプだった(上井も小学生時代は投手として活躍した。「非運の U 君」参照)。
このあと、11月の日記に、両校が北信越大会の決勝戦で再度対戦したことが書いてある。その記録に照らせば、金沢泉丘高校が翌年春の選抜大会に出場した、と先の「引用時の注」に記したのは、翌夏の全国大会予選の記憶違いだったようだ。先日の小学校同級会で、この日記当時に菫台の三塁手だった KW 君も、「北信越大会」での彼自身の3失策がたたり、「泉丘に選抜出場をさらわれた」ようにいっていたようだったが…。もっとも、KW 君は自分の小学生時代のポジションがレフトだったことを覚えていなかったのだから、彼の記憶も当てにならない。
(後日追記:私には、菫台高校が北信越大会で準優勝した記憶があり、その相手が桜丘だったのならば、桜丘が選抜大会に出場した記憶とも矛盾しない。)
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