2005年5月3日火曜日

局外者には感知出来ない輝きと幸福

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年6月11日(水)

 一面にぎっしりと数字が印刷されているが、0、1、そして2はその中に含まれていない横長の用紙を使って行う検査が H 時にあった。3行の練習が終った時、前の席にいる Neg――彼を見ると「普遍性」という文字をなぜか連想する――のと比べて見た。どちらも、各行の最後の答を結べば、x軸とy軸の一目盛りを等しく取って描いた勾配5ほどの1次関数のグラフのようになる様子をしていたが、Neg の方が少し多く出来ていたので辟易した。検査中は、なかば雑念のとりこになって、思うように進まないことは、何回やっても同じだ。一つの数字の前後にある数字が同じでないのに、同じ答が続き、前のが間違っていたと気づくことが二、三度もあったようだ。休憩後には、各行の進度は揃ったが、ぼくの最長結果である休憩前の第1行(Neg の練習の1行目のよりは少ない)以上の結果は、とうとう出せなかった。

 HN 君(わがクラブの1年生の中に、彼のあだ名の Hotten を4-2-10と書き表す、なかなかの知恵者がいる)の姉さんと、ぼくたちの住む部屋の家主さんのご長男(刑務所勤務)との結婚式がきょうあったのだ。レーヴィンとキティーのその場面を思い返してみたが、トルストイの描いたほどの輝きと幸福感が、現実の新郎新婦には不足なように思われた。しかし、それは局外者には感知出来ない、彼ら相互間にのみ湧き上がる輝きと幸福なのかも知れない。

1952年6月12日(木)

 しなければならないことの量は、ついに、その極限に達した! こんな気持でいるのに、家へ帰って弁当の風呂敷を解いたら、弁当箱がすり替えられいるとは、あんまりなイタズラだ。

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