2005年3月17日木曜日

日本の女優を70人挙げたら

高校時代の交換日記から。

(Ted)

1952 年 4 月 1 日(火)雨のち曇り

 この間読了したばかりの漱石の「三四郎」の朗読を、7 時から JONR で聞く。「人魚(マーメイド)」「人魚(マーメイド)」とささやくところで、某電力会社の広告となる。毎週 20 分ずつの朗読で、何回にわたるのだろう。[1]

(Sam)

1952 年 4 月 1 日(火)雨のち晴れ

 午後からきょうは一人で Neg を訪れて見たが、何度呼んでも返事がない。さてはエープリル・フールだからとぼけて居留守でも使っているのかなと思って、裏へ回ってみたが、やはり家の中はひっそりとしていた。帰りに学校へ寄ってみたら。昨日ソフトボールをしたメンバーに偶然会った。Keti の「わしら、いま宇都宮へ行って教科書買って来たとこや」にガッパになって「本当かい!」と聞き返したら、大声で笑われてしまった。
 彼らは卓球をしに来たそうだ。メンバーはぼくを入れて六人だったが、技量伯仲で、連勝はなかなか難しかった。ぼくが二周半祝典をやったのが大分終りまで最高記録だったが、あとでノータッチの特典(?)を廃してから、Funny が三周祝典をやってのけた。ノータッチという、トランプでいえばジョーカーかオールマイティーに相当するものがあるのが、ぼくは大好きだ。一球一球に真剣さがこもり力をかけることが出来る。人数が多いから一度失業するとなかなか順が回って来ない。そこで Keti らと英単語の尻取りをした。「x で終る単語は使用してはいけない」というので、cloudy、rainy、dirty、healthy、… と y 攻めにしてやった。
 Funnyが「日本の女優を 70 人挙げたら、映画を一回!」という出題をし、Funny 以外の全員で考えたが 43 人しか出て来なかった。エープリル・フールだから Funny のことばはうそだろうといってみだが、あくまでも本当だといっていた。彼はこの頃たいへんな映画通になった。おそらく、彼は一カ月の映画観覧料として「なぞのメロディー」でみんなみごとに当てて得られる金額以上を使っているだろう。
 Grammar & Composition を開いてやってみる。なかなか面白い内容だ。分からないところを Ted に聞くことにして——と。


 引用時の注
  1. このパラグラフより前に、この日に読んだ徳富蘆花の『自然と人生』の中の一文が、敗戦後の大連嶺前小学校で習った代用教科書にあったものだということから書き始めて、当時の思い出が記してある。その部分は、同小学校同窓会会報への投稿に引用したく、後日、その投稿文の形で当ブログサイトで紹介したい。

コメント(最初の掲載サイトから若干編集して転載)

四方館 03/17/2005 10:43
 当時、映画女優を 70 人挙げるというのはなかなか出来そうなことではないでしょうねぇ。男優でも難しそうな気がするが、有名女優となるとかなり限られていたと思います。

Ted 03/17/2005 11:10
 私などは、原節子、高峰秀子、岸恵子ぐらいで、枚挙は終ったでしょう。京マチ子を知ったのは大学生時代だったでしょうか。当時私は、邦画を全くといっていいほど見ませんでした。

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