2005年3月14日月曜日

山村暮鳥の『雲』を読む

高校時代の交換日記から。

(Sam)

1952 年 3 月 29 日(土)晴れ

 NHK 主催のものではないが、「三つの歌」はやっぱりあるそうだ。さっそく往復はがきを買ってきて出しておこう。賞金が安いのは気にくわないが、ぜひとも出たいものだ。その金で辞典を買わなければならない。
 十時頃から学校へ行ったが、タイプの練習はそっちのけで、卓球ばかりしていた。サービスや実戦に当たっての作戦について、KD 君といろいろな研究をする。相手の虚と苦手を突いていくようにするわけだ。自己の長所を最大限に活用し、短所を補って…。
 午後、古本屋巡りをする。何か適当な参考書はないかと、自転車で市内の名の知れ渡っている書店を回った。いくつかの有益なことを発見する。ポケットから何度か金を出したくなった。


(Ted)

 旅行に行かないことになった 3 日間を、ぼくはどれだけ冗漫に使って後悔しようとするのだ!
 絶対的であり相対的であり、制限的であり無制限的であり、大きくて小さく…、こんなことでよいのかと考えながら、KW 君のために手にした万年筆は、ぜんぜん紙上を走らない。字をがたがたに並べ終ったのは、遠ざかって行く製材所のトラックの音も周囲の薄暗さによって疲れたように聞こえてくる頃だ。普通名詞は「文章」「蟻」「塔」ぐらいしか使ってなく、「ミシシッピ河」という固有名詞が入っている、尻つまりの感じのするはがきになった。
 Jack(KJ 君)の家で彼の帰りを待つ間に、山村暮鳥の詩集『雲』を全部読んだ。あっさりしている中に、驚くほど多くの感情と思想が生き生きと込められていることに愉快さを覚えながら味わった。例えば、「そっと 静かに 梅の匂いがする」というのがあった。
 ダメなはずだ。ダメなはずだ。

コメント(最初の掲載サイトから若干編集して転載)

Y 03/14/2005 13:40
 今日のブログを書いたために、かえって悩みすぎて調子が悪くなり、さっきやっとパジャマからシャワーをあびて着替えて、回復したところです。
 Sam さんも Ted さんも面白い日記ですね。絶対的であり相対的であり、制限的であり無制限であり…。私は高校時代は美術と文学好きでしたので、こうした語彙は私にはなかったんですね。のちに哲学系の学問をやるようになって、これも中心として用いる用語となりましたが。Ted さんは理科系で物理学がお好きだったからこその、こうした概念性が、当時からすでにあったのでしょうか。
 私は研究のため、新たに読まなければならない今の精神保健福祉の現状などの本が山ほどあるので、なかなか文学や詩集を手にできるのはいつの日でしょうね。

Ted 03/14/2005 14:59
「絶対的であり相対的であり、…」は何について書いたのか、記憶がありません。
 私も最近は読書の時間がとれない毎日です。

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