2005年3月20日日曜日

『英語でよむ万葉集』を読む:鹿の妻恋にも名訳

 表記の本 [1] の著者・リービ英雄は、1950年生まれのユダヤ系アメリカ人である。父親が外交官だったため、子ども時代から青年期にかけて、台湾、香港、アメリカ、日本で過ごし、プリンストン大学において日本文学で学位を取った。その後、同大学とスタンフォード大学で教授を勤め、1982年に万葉集の英訳 [2] で全米図書賞を受賞した。1989年に大学を退き、日本語で作品を書き始め、最初の自伝的作品『星条旗の聞こえない部屋』で野間文芸新人賞を受賞。ほかに『天安門』『日本語を書く部屋』『我的中国』など、多くの著書がある。[1, 3]

 上記の万葉集英訳は、この著者が努力を重ね、日本人にとっても読むことの難しい、しかし貴重な歌集を、時代を越え国境を越えて鑑賞できる形に再生させたものといえる。『英語で読む万葉集』はその一端を、著者が翻訳の間に見出した「新鮮さ」「可能性としての日本語」「発見と、再発見の連続」(「」内は著者のまえがきから)とともに、日本の読者に披露したものである。

 万葉集英訳の中から著者がとくに好むものを選んだと思われる49首の短歌と長歌(部分)が、序を含めて10の章に分けて紹介されている。おのおのの歌に4ページを当て、1ページ目には詞書(ことばがき)、歌、そして、歌の現代日本語訳があり、2ページ目には詞書と歌の英訳がある。3、4ページ目に英語交じりの和文で、訳した歌の鑑賞、それにかかわる発見、英訳の工夫などが述べられている。忙しい日々に少しずつ読むのに便利な体裁である。

 序のテーマを「天皇というアイデンティティ」として、雄略天皇の長歌1首をおいたのは、いささかアナクロニズムの感がなくもない。しかし、第1章から9章までには、万葉集の特徴をいろいろな切り口でとらえた興味深い表題が与えられている。「枕詞は、翻訳ができるのか」「love とは違った、恋の表現力」「山上憶良、絶叫の挽歌」など。

 取り上げられている歌の中には、多くの日本人が知っているものもあれば、あまり知られていないものもある。歌の英訳は、いずれも比較的やさしい英語でなされている。たとえば、次の訳のもとの歌は、容易に分かるであろう。
Spring has passed,
and summer seems to have arrived:
garments of white cloth
                                 hung to dry
on heavenly Kagu Hill.
知らなかった歌については、現代の日本人にとって、もとの歌よりも英訳の方がよく理解できる、ということもあるだろう。

 上に触れた「枕詞は、翻訳ができるのか」の章では、「枕詞は、日本語の中で最も日本語らしいもの」「日本語としていまだに解明されていない枕詞もある」「何語にも翻訳できるものもある」と説明し、「草枕 旅にしあれば」には、「"on a journey, with grass for pillow" という英語も苦もなく滲み出してくる」と述べている。あとの章に、「ぬばたまの 夜」が "the pitch-black night" と訳されていた。私は "the raven-black night" という訳を考えたが、どうだろう。また、本書にはなかったが、「たらちねの 母」は、"the mother with suckling breasts" としたい。

 「love とは違った、恋の表現力」の章では、「妻恋ひに 鹿(か)鳴かむ」の「恋」について、「鹿は妻への愛を鳴き声で宣言しているというわけではない。」「『love』のように結ばれている状態を指しているということでもない。」「『妻』がいっしょにいないから淋しげな鳴き声を上げているのではないだろうか」と述べ、
the deer cries
in longing for his wife
の訳を示す。いわれてみれば、もっともである。宮田雅之の切り絵が妖艶な『対訳 万葉恋歌』[4] にも、リービの longing for という訳語が多くみられた。

 斎藤茂吉の名著 [5] とはまた異なった角度から、万葉集を楽しませてくれる良書である。
  1. リービ英雄、英語でよむ万葉集 (岩波新書、2004).
  2. Ian Hideo Levy, The Ten Thousand Leaves: A Translation of the Man'yoshu, Japan's Premier Anthology of Classical Poetry (Princeton Univ. Press, 1982).
  3. Keiko Nakano, The Nomadic Writers in Japan and America: Language, Identity, and Home (cgpublisher.com).
  4. 宮田雅之(切り絵)、大岡信(解説)、リービ英雄(英訳)、対訳 万葉恋歌 Love Songs from the Man'yoshu (講談社、2000).
  5. 斎藤茂吉、万葉秀歌 上、下 (岩波新書、1938).
 
[以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

Y 03/20/2005 10:22
 「ぬばたまの」は黒、夕、夜、妹(いも)、ゆめ、月 などに掛かりますから、pitch-black というのは慣用的な表現で特に癖がないのかもしれませんが(逆に pitch の意味を追究しだすとよくわからなくなる)、raven のほうは「わたりがらす《しばしば不吉の兆とされる》」が一番目の意味にありますから、それを引きずってしまわないか、との懸念はありますが…。
 Longing for を恋する切ない心に用いるのはもちろん適切だと思うのですが、恋というのは恋しく思うだけで結ばれているような側面がありまして、「思い・願いこがれる」にこういった恋の歴史(?)がどれだけ含まれているか、私は英語に詳しくないのですが、私なら異様にも長い英訳を選んでしまいそうです。あと、元の歌が判りませんが、"his" wife でよかったのかしら? 鹿の恋心を詠っているのか、「私」の妻への思いを鹿に映じているのか?
 世界標準語としての英語の日本語や他国語に比しても言えそうな「単純性」「標準性」が、逆に深い歴史や思い入れを表現しにくいのでは? という問題は、英文学等以外の人文系の各分野でかなりあったと思うのです。ドイツ発の精神病理学ももちろんそうでした。とはいえ私も英語が重要度のほぼすべてを占める福祉をやることもあって、とにかく英語も勉強しないといけません。

Y 03/20/2005 10:28
 ただ、「黒々と」とした意味としては、黒髪、などに用いられる raven のほうにむしろ深み、重みがあるかもしれません。
 精神病理学は、これを一言名乗っただけで、もう英語の世界とはまったく違いまして…、日本には日本語で伝授されてきたのですが、英訳不能なのです、実は。だもので、私の「関西精神病理・教育問題研究所」も元(源)を捨てて英訳したのですね。

Ted 03/20/2005 11:24:46
 Pitch は有機物ながら物質なので、raven の方に優しさがあるかと思いますが、場合によっては、pitch-black がよいかと私も思います。
 リービさんがいっているのは「love という語を使えば、精神的にせよ肉体的にせよ、結ばれている状態を強調することになってしまうが、妻恋ひに鹿鳴かむ、の恋は、離れている淋しさの気持ちをいうのだろう」ということだと思います。つまり、その鹿にも love の心もあるのですが、鳴く気持ちの「恋」は longing for だろう、と。
 もとの歌は、「秋去らば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山そ高野原のうへ」と、宴席で詠まれたもので、読み手が自分を鹿にみたてているということはなさそうです。
 英語に訳し切れない日本語ももちろん多いと思います。ただ、人間の抱く思いを中心に考えれば、歌の翻訳は、かなりの程度まで原語で表しているものに近づき得るのではないでしょうか。

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