2005年4月28日木曜日

三分の一難去ってまた一難


 写真は赤穂城跡公園入口にある隅櫓、昭和期に復元されたもの(2005年4月21日撮影)。

 高校時代の交換日記から
 
(Ted)

1952年5月27日(火)雨

 「一難去ってまた一難」ということばがあるが、「三分の一難去ってまた一難」というのが、いまのぼくだ。その難は、けっして絶対的困難ではないにもかかわらず、ぼくが苦しめられるのは、この間からずっと書き続けているように、ぼくの弱さのためにほかならない。Sam がぼくに与えた宿題の究極の問題が、いよいよ具体的に、ぼくがいやでもそれと知らなければならなくなりつつあるのだ。「三分の一難去ってまた一難」を級数で表せば、1 - 1/3 + 1 - 1/3 + 1 - 1/3 + ... であり、無限にこれが続くなら、発散してしまう。

1952年5月29日(木)晴れ

 重要な自然の法則を犯しているような気がする。懺悔――それは、われわれのような、まだ社会に対する何の働きも出来ない年齢にある者にとっても、しなければならないことのあるものだろうか。
 一面においての強い自尊心を神がかり的なまでに保持していて、しかも、それを表現するに当たっては、いくらまずくてもそれ以下にはならないような方法をとることしか知らなかったのが、いままでのぼくだったことを発見した。しかし、この発見は、Sam が昨年の夏休みに読んだ本から抜粋して書いてくれた二つの自我自覚の型のうち、「自分を内面的に深く細かく観察する型」に属する考え方から出されたものであって、もう一つの型に属する考え方からも一つの結論が導き出され、それらが合成されなければ、確定的なことは掴めない。

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