2005年4月7日木曜日

ひらひらひらひら花びらが

 高校時代の交換日記から。
 
(Sam)

1952年4月16日(水)晴れ

 ある生徒たちにとっては一学期に一度あるかどうかと思われる大福音の日だった。風こそ強いが、桜を始め春の花ばなが匂いうるわしく咲いていることであろう。午前中だけ学校にいて、タイプをした。リーダーや G&C のコピーを何回も打った。それらの本を持たないもののためにである。

 ひらひらひらひら
   ひらひらひらひら
  花びらが 花びらが
 あれあのようにあのように
  舞いおちる 舞いおちる
 あゝ あれあれ あのように
  ひばりが ひばりが
   ひばりが舞いあがる 舞いあがる
 あの丘も あの山も ――
  そうだわ そうだわ
 わたし わたし わたし
  あゝ わたし幸福だわ!

 なぁーんだ。先々週まで足かけ四年にわたって続いた連続放送劇のヒロインのようなセリフだ。といえば、この頃妙に短編小説のようなものを書きたいという要求が起こっている。一昨夜と昨夜見た夢なども、そのよい材料になるものだ。しかし、それだけでは、まだまだだめだ。さらに深く、緻密に、あらゆる角度から調べ上げなければならない。それでも、まだまだ何か足りないだろう。

 いつもとはコースを変えて消防署の向かいの坂を昇り、石川門のところに立ち止まってみる。咲き揃った花ばなの美しいこと、美しいこと――。
 一群の人びとが何かを囲んで立っていた。哀調に満ちたギターのメロディーが流れている。義足をつけた白衣の人びとのかき鳴らすものだ。「聖心会」という腕章をつけた若い女性がハンケチをかぶせてあるマイクに向かって「異国の丘」や「湯の町悲歌」などを素人くさい歌い方で歌っていた。
 紫錦台中学の前で AR 君に会い、NW 君が弘文堂で働いているということを聞いたので、自転車を返そうとしたとき、Ted と KZ 君が一緒に歩いて来るのを視野に認めたわけだ。KZ 君の間近で、当分別れることについての挨拶か何かしようかと思ったが、すばらしいことばも浮かんで来なかったから、出しゃばってかえって悪い印象を与えるよりもと、きわめて消極的な態度を取ってしまった。でも、いまから考えると、恥ずかしいような済まないような気もする。

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