2005年4月1日金曜日

超高速査読

 科学の研究において新しい結果を論文として専門誌に発表するとき、その論文原稿は、1名または複数名の査読者(1人の査読者が掲載拒否を示唆したときにのみ、2人目に依頼する専門誌もある)による審査を通過しなければならない。査読者は、論文内容と同じ専門分野の研究者の中から、専門誌の編集長または編集委員会によって選ばれる。論文査読の仕事には、報酬はおろか、必要経費も支給されない。研究者がボランティアとして行うのである。経費といってもプリント代、郵便代などで、大したものではないが。

 N 誌の編集長から3月8日付けのメールで、同誌への一投稿論文の査読を引き受けるかどうかについて私に打診があった。論文原稿は PDF ファイルとして添付されており、その原稿中の二つ目の引用論文として、私たちが1996年に同誌に発表したものが載っている。編集長または編集委員会は、そのことから私を査読者に選んだと思われる。

 引き受けるに当たっては、PDF ファイルの代わりとして使うため、投稿論文のハードコピーを請求できることになっている。私は引き受けることにして、「経費節減」のため、ハードコピーの送付を依頼したが、自宅住所をその返信に書き込むことを忘れた。編集長から折り返し住所の問い合わせがあり、それに返事を出したのが3月9日。ところが、2週間後の3月23日になってもハードコピーが届かない。

 編集長に問い合わせると、編集長不在のためか、代理の人から、私の旧職場宛に3月9日に送ったが、自宅宛にすぐ再送する、という返事があった。翌日、旧職場に問い合わせたが、私宛の郵便物は見当たらないという。仕方なく、再送便の到着を待った。

 原稿のハードコピーは、3月28日の午後も遅くなってから到着した。N 誌では、査読は普通2週間以内に済ませることになっている。N 誌側の手落ちとはいえ、2週間以上のロスが出ているので、私は1週間ぐらいで査読報告を送る、と知らせておいた。

 しかし、私の査読はいつも超高速である。以前、友人にもなっている R 誌の前編集長・H 氏から頼まれた査読の結果を報告したとき、記録的な速さだとほめられたこともある。今回も論文原稿入手の翌々日、30日午前には査読報告書を完成し、メールで N 誌編集長へ送付した。査読は多くの場合、自分が最も得意とするテーマについて行うのだから、勘所を押さえて見ていくことに慣れれば、短時間でできて不思議はない。専門誌が査読者に与える審査期間はもっと短くてよいと思う。

 今回私が査読した論文原稿は、西アジアのある国の大学の研究者たちによる理論計算の論文で、図表を含めて20ページの比較的短いものであった。簡易計算のためのアイディアは悪くはない。しかし、使用している近似式の中の二つにおそらく問題があり、結果の数値が私たちの高精度の結果から大きくずれている。私たちの論文にはない低エネルギー領域まで結果を出しているのだが、ずれの傾向を外挿すると、その領域では、精度がますます悪くなっていると推定される。これでは有用な結果とはいえない。

 それだけならばまだ救えなくもないのだが、英語や論述の進め方もまことに稚拙であり、総合して N 誌の標準を充たさないと判断し、編集長には掲載拒否を勧めた。問題点を具体的に示し、改善案も記したので、投稿者たちの今後の研究向上に役立てば嬉しいと思う。ただし、英語や論述の稚拙さについては、修正すべき箇所があまりにも多く、数例を挙げるにとどめた。

[以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

Y 04/03/2005 12:40
 N 誌というのは、さすがに私にも、ひとつぐらい見当はつくのですが…。査読は主人も、教授に時間がないため、いつも代わりに任されています。海外との文書通信のやりとりですが、木村敏先生の時代は、ドイツのブランケンブルク氏に、何度木村先生が、ファクシミリという便利なものがあるとご説明されても、氏はおわかりにならないのです。これは木村先生のご著書に出てくるお話です。木村先生は、哲学者のような風格のあるお方です。ちなみに、私の11年の本当の育ての親、フロイト・ラカンの新宮一成先生・京大教授は木村先生と7年以上前から青土社の最高哲学雑誌で、トップに写真付きで対談しておられます。この時の中心話題が、木村氏「タイミングと自己」論文で、これはお贈りする本の一冊に所収されています。
 英語や論述の稚拙さ、それは「数例をあげて」執筆者の方にご自分で気づいていただくので十分だと思います。確かに、学者は、このような副業(?)にもかなりの時間をさかなければなりませんね。
 「勘所を押さえて見ていくことに慣れれば、短時間でできて不思議はない。」そうだと思います。私の最初の手習いの恩師の基本思想は、生命の次元で教育を考える、ところが、これが西ドイツ留学時に西田幾多郎全集「のみ」を持っていって、ただそれだけを読んでおられた木村敏先生の世界と、通底してやまないものがあるのです。ですから博論は西田哲学を実は源流といたします。河合俊雄先生がこられたら…ハイデガーと西田の関係も、木村先生のご論文集を調べれば、すぐにわかります。そうして、最初の恩師に審査していただいたほうが、恩師の生命思想を受け継いでいるのですから、恩師は審査しやすいのです。それは考えてお願いしてあります。
 『自覚の精神病理』『異常の構造』といった新書レベルの木村先生のご著書が今でも検索上位に出てくるのですが、これはいけません。Ted さんは外部公開 HP ですから、いつかこの点を読者の皆様にお伝えいただければ。科学もそうでしょうね、精神病理学も、その時代時代の、一番苦しんでいる患者さんたちを護るためにやらなければならない活動=社会精神医学が世界中であったのです。また、治療薬の到底開発されていなかった時代など…。そのような、木村先生のあまりの真面目さゆえの新書や処女作を、今でもどの大型書店にも並ぶようにしてあり、読者の方が現代の精神の病気の方について勘違いされるのは、私は非常に問題だと思っております。Ted さんも、取り消された科学理論は、やはりもう引用されませんよね? ですが私たちは一般書店に並ぶ業界ですから、より社会的責任が大きいのです。以上、Y名で公開していただいて結構です。弟子が継承しなければなりませんから。

Ted 04/03/2005 15:50
 いろいろな話の出て来る興味深いコメント、ありがとうございます。西田幾多郎の『善の研究』(岩波文庫)を何年も前に買ったのですが、数ページ読んだところで止まっています。
 取り消された科学論文は引用しません。関連していいますと、新しい結果を調べないで、古い知識だけで書かれた専門家向けの教科書はよくみかけます。以前、Adam Hilger というイギリスの一流出版社から出た Physics of Electron Beam Therapy というA5版200余ページの教科書に、当然引用されてもよい私たちの研究結果が載っていなかったので、著者に手紙と私たちの論文別刷りを送ったことがあります。ロンドン病院の放射線部長で、後にロンドン大学教授にもなったその著者とは友人になり、ロンドンを訪れたときには親切にして貰ったり、後に書かれた著書には私たちの論文を何編も引用して貰いもしましたが、先年脳腫瘍で亡くなりました。

Y 04/03/2005 17:11
 その、引用されていなかった Ted さんのご論文を、お送りして、ご多忙なその先生に面識がなくても、科学系の研究者の方は、封書をあけていただけるのでしょうか?
 私たちの分野ですと、本屋の世界ですから、見ず知らずの方の最新著書が山ほど贈られてくる、あける暇もない、という状態なので、博士論文でさえ、私の最大恩師の方がたはまずあけてはくださいません。必ず、正式身分の方の印鑑付きの紹介状などが必要です。(私の主人でいいのですが…笑)。私でも、学者に復帰するとき、大学院4名教官に4年以上ぶりにどうしても封書をあけていただくために、最大限のことをA4封筒の裏に書きました。おひとりの親しい先生には同じものをご自宅FAXにお送りすると、読んでくださいました。それで、これほど現場経験のたくさんある研究者が誰一人いなかったんですね。早くそれを言ったらよかったんですが、本当に学者になるのが嫌だったんです…。社会で役に立つ仕事をすることだけを考えていたので、学者は役に立たない上層階級だと思っていました。…ところが、「日本で誰もやらないため」、今、初めて障害者福祉へと流れ行く道を作っていますね。新宮先生の新著は、精神障害者福祉の本やその家族療法、複雑性 PTSD の本などが満載なのです。どうしてもこれは研究せねばなりません…。

Ted 04/03/2005 20:11
 Y さんはよい道を見つけられたようで、喜ばしく思っています。
 私が手紙と論文を送ったロンドン病院の Dr. K は私より少し年長でしたが、医用放射線物理の論文を出し始めたのが、私が放射線物理の論文を出し始めたより遅かったので、私より若いのかと思ったのでした。それで、彼が最初の著書を出した当時は、幸い手紙を開ける暇もないというほどには、まだ忙しくなかったのかも知れません。ただ、物理系の外国の研究者はだいたい親切で、遅くなっても、たいてい返事を貰えるようです。
 ヨーロッパの放射線物理関係者が口をそろえて応答が不親切だという学者が一人いましたが、それが何と、私が留学先候補として考えていたゲッチンゲン大の教授で、お陰で私は留学の機会を失したのでした(一応 OK の返事があったのに、それ以後フォローしてくれませんでした)。私は場所が変わると慣れるのに時間がかかる方ですから、留学できなくてかえって幸いだったのかも知れません。

Y 04/03/2005 21:23
 そうですね、Ted さんは無理に慣れない海外に、たまたま行かれなくて、恩師の先生方からきちんとお仕事をする方だと信頼されて、日本でやっていけた方なのだと思います。
 私は、何か海外でかっこいい哲学博士とかを取ってこられるどうしようもないお金持ち先生と、大変な常にドクターストップに反対して働いても働いてもお金が足りない貧乏人生、けれども唯一の愛する故郷・京都の、哲学の道、西田幾多郎がいるではありませんか。世界に通用する唯一の哲学者。この方、第一巻『善の研究』は私には面白そうでたまらず、これはまだよくは読んでいません。実は大変相性が良いのです、もちろんそうでなければ敏先生の(と、弟子はお呼びします)弟子にはしていただけません。私は山手線のどこにあるかわからない官僚養成機関(はっはっは)には、呼ばれても行きません、旅行以外、あと上野千鶴子先生とお話する以外では。「京都へいらっしゃいませ」。精神医学は過去、現在、すべて京都学派第一権威です。歴代、すべてです。次は、名古屋市立大学です。これは、最初に敏先生が大学教授に呼ばれてしまった大学だからです。一生京都から離れない、日本にいいものがいっぱいあるではありませんか。

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