高校時代の交換日記から。
(Sam)
1952年4月24日(木)晴れ
授業は午前中で打ち切り。午後は男子の口腔、目、鼻、耳、内蔵の各器官の検診がある。長ながと列について待つのはもどかしい。生徒の態度はこの前にくらべればよくなっていたが、それは、ただ回数を重ねたからよくなっただけであって、深い反省がなされたためではない。
それがすんでから、Wit に頼まれて、本来ならば書記のすべき仕事をした。シリコ [1] からきていた生徒会活動についての問い合わせに返信を書いたのである。「商業通信」なんていう課目を選択していないから、書く要領が分からなかったが、礼を失しない程度で適当に書いておいた。先方からのは、「新緑の候 貴校生徒会におかれましても…」というものだったが、「新緑の候」に対する慣用句が浮かばないから「新学期を迎え貴校生徒会に…」としておいた。予算額は昨年度のものをのせておいた。今年度のそれについては、まだぜんぜん手がつけられていないのだから、困ったものだ。
(Ted)
第1課の後にある Activities を、配付された紙に制限時間内に書いて出さなければならなかったが、... unless he doesn't work と、とんでもない重複をさせたまま提出したような気がする。もう一つ、a man of character と sense of duty を混合したような a man of sense を人格者の意味で書いたが、辞書にはこの通りの表現は見当たらない。どうだろうか。
白い顔で額の広い物理の O・Y 先生が講義中にとばされる小粒の冗談は、品があり、しかも、はなはだ愉快なものばかりだ。進み方が速いので、考えれば分かることなのだが、すぐには分からず、休み時間に理解しておくためノートを見直さなければならないのも、かえって楽しみである。cosθとsinθの二乗和が1になる、などもその一例だ。
雪辱は急がなくてもよい。それらに心を奪われることも不要だ。
砂が J を横にしたような形に、風によって運動場を走らされ巻き上げられていた。一昨日購入した新聞クラブのボールで、昨日と同じく5時頃までの時間を忘れる。6名の1年生のうち、名前を完全に覚えたのはまだ2人にしかならない。
367恒星日前の日には……。その日われわれの通信帳に、ぼくが文字を初めて記した。そして、そして…。国語乙の HR 先生が教壇上でひょろひょろと自分の足を遊ばせながら何度もいわれた「軋轢」というものを、感じたり、疑ったりの1年間だった。いや、いま一番それを感じ、また疑っているのかも知れない。いやいや、どれも違う、そして違わない。
題名になっている女主人公を始め、レーヴィン、キティ、オブロンスキィ、ウロンスキィ、その他まだ大勢の主要人物が登場する小説を読みかけたまま、いまだに読み進める暇がない。
引用時の注
金沢市立工業高校のことだろう。
[以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]
Y 04/17/2005 08:31
A man of sense の of は人格を担う意味が確かあったと思うのですが…。英語から7年以上(いや、もっと、9年近くです)離れているので、たいした者ではないのですが。ただ、人格者、というよりは、常識人(common sense を身に着けた人)、と受け取られる表現かもしれませんね。
素朴な感想として、日記の中の出来事それ自体が、長く年数を経て今に至って、Ted さんや私たちにとって重要事であるかどうか、という問いはナンセンスであって、「懸命に高校生の文字で書き残されたもの」に不朽の価値があると思いますね。
入院前に、博士論文など大きな論文で全文引用させていただきたいと、許可をいただいた日記をまた、あとで探してみます。日付をメモしておけば、一応ブログは永久保存されるのですよね?
Ted 04/17/2005 10:20
全文引用したいといわれたのは、4月3日の記事です。論文への引用時には私の本名を書いていただいて結構です。
Y 04/17/2005 11:12
ありがとうございます。そうさせていただきます。取り組みがいがあって、楽しみです。
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